趣味としてのピアノ(その11)「結合組織」           山本眼科 山本起義

(平成18930日発行岸和田市医師会広報より)

岸和田市医師会眼科懇話会(8月26日)で臨床報告をいたしました。第1症例は基底細胞癌4)で、診断と治療でお世話になりました岸和田市民病院皮膚科島影達也先生と豊澤聖子先生に深謝いたします。第2症例と第3症例は結合組織の遺伝子異常症に関するもので、軽症の骨形成不全症とWagner-Stickler症候群という軟骨異形成症の症例です。今回この第2および第3症例では私の趣味を加味して報告させていただきます。

症例1は60歳男性(上左図)で、初診:H18.07.05、主訴:右眼 眼脂と掻痒、現症:半年前より眼瞼腫瘤を自覚するも放置していましたが初診より1週間前より眼脂と掻痒がつづき軽快しないので来院しました。既往、家族歴、全身には特別なものはありませんでしたが、潰瘍から出血と滲出物を伴う数個の硬い小結節が融合した腫瘍で、悪性腫瘍を疑い、岸和田市民病院皮膚科に転医し、基底細胞癌(上右図)の診断のもとに摘出手術を受け現在順調に経過している症例です。

症例2は36歳女性で、初診:H15.6.27、主訴:右眼霧視、現症:初診より2日前、会社帰宅途中JR大阪駅で男性の肘が当たり、その後より霧視を自覚しましたが軽快しないので来院しました。既往:右斜視弱視、軽度精神発達遅延、家族歴、全身所見に特記するものはありませんでした。初診時視力は極度近視(−16D)の右は矯正でも眼前手動弁、左は矯正で0.4、眼圧は右9ミリ、左9ミリで正常でした。

左眼は異常なく右眼は180度に及ぶ巨大網膜裂孔と胞状の網膜剥離を認め(左図)直ちに関西医大へ転送、関西医大受診時にはさらに裂孔が拡大、7月2日緊急手術により網膜は復位しましたが、8月20日当院受診時には強膜軟化症が起こり(右図)、眼内炎症から角膜および硝子体の混濁、眼圧上昇から眼底が透見困難となり再び関西医大へ転送、8月25日には強膜自家移植を受け、一旦軽快したかにみえましたが、9月27日になって再度強膜軟化症を併発してきたため再度関西医大へ転送し、今度は、保存強膜移植術をうけやっと落ち着いた症例です。脆弱な自家強膜を移植しても治癒せず、保存強膜が必要であった症例です。

まとめますと、症例2の特徴は

n       強度近視

n       軽度精神発達遅延

n       巨大網膜裂孔

n       脆弱な強膜(青色強膜)

で骨形成不全症軽症が疑われる症例です。

症例3は個人情報保護のため、画像処理を加えておりますが(左図)、56歳女性で、初診:H14.6.25、主訴:右眼霧視、現症:2ヶ月前より右眼霧視を自覚しましたが軽快しないので来院しました。既往:先天性難聴と聾唖があり、診察はすべて筆談で困難でしたが、写真のように内眼角贅皮、幅広い沈んだ鼻橋、退いている顎が形成する特有の顔容を示しておりました。家族歴に特記すべきものはありませんでした。

視力は右矯正で0.5、左矯正で0.9、眼圧は右16ミリ、左14ミリでした。右眼は硝子体混濁と耳上側に発生した大きな弁状裂孔を中心とする網膜剥離、左眼には複数の格子状変性と複数集合した弁状裂孔の周囲に限局性の網膜剥離を認め、直ちに関西医大へ転送し、75日右の硝子体手術、726日には左の裂孔閉鎖術をうけ、網膜は復位し、視力は両眼とも矯正0.7と良好な視力を維持することができました。

症例3の特徴をまとめますと

両眼性網膜剥離、先天性難聴(聾唖)、内眼角贅皮、突出した眼、幅広い沈んだ鼻橋、小顎ということになり、Wagner-Stickler 症候群と思われた症例です。

Wagner-Stickler 症候群は以下のような特徴を持つコラーゲン形成障害をおこす疾患群のひとつです。

n       幼児期に始まる近視、網膜硝子体変性、網膜剥離による失明

n       白内障、先天性難聴、口蓋裂、脊椎骨端形成異常。

n       特徴的な顔貌:小顎(micrognathia, brachygnathia)、抑圧された鼻橋、長い媚薬と突出した目、しばしばロビン症候群 の特徴を示す。

n       若干の症例で精神遅滞がある。

 考按

結合組織1)は、1)コラーゲン(少なくとも19種類の型がある)、2)線維性蛋白(エラスチン、フィブリリン)、3)プロテオグリカン(30種類以上が同定されている)、4)まだよく分からない成分、 によって構成されており、コラーゲンはその成分のひとつです

また、有名な結合組織の遺伝性異常症(原因)表現形には以下のものがあります。

     骨形成不全症(T型プロコラーゲン)青色強膜、難聴、

     Ehlers-Danlos症候群(コラーゲン)円錐角膜、

     軟骨異形成症(コラーゲン)Stickler症候群、

     Marfan症候群(線維性蛋白:フィブリリン)、

     表皮水疱症(線維性蛋白:エラスチン)、

     Alport症候群(コラーゲン)血尿、円錐水晶体

正常人では、真皮、靭帯、腱の80%はT型コラーゲン、骨(脱灰成分)の90%はY型コラーゲン、大動脈はT型コラーゲン、V型コラーゲン、線維性蛋白(エラスチン、フィブリリン)でそれぞれ20〜40%合計90%以上を構成、軟骨はU型コラーゲンとプロテオグリカンとヒアルロン酸で80%程度を構成し、全身に結合組織は存在します1)

それで、コラーゲンの異常があると白内障、硝子体の変性、網膜剥離、強膜の脆弱化(青色強膜)、ゾウゲ質形成不全から歯の形成不全、コラーゲン形成遅延から骨形成不全、耳小骨形成阻害など伝音性あるいは感音性障害で先天性難聴が50%に発生、顎骨の形成不全から特有の顔貌が起こるなど、全身に異常が起こることが容易に理解できます。

細胞が中心の組織では、組織のターンオーバーは細胞の増殖とアポトーシスにより成り立っていますが、結合組織でのターンオーバーは線維芽細胞3)が結合組織成分であるコラーゲンやフィブリリンを分泌するのが細胞の増殖に相当、結合組織の蛋白分解酵素による分解機転が細胞のアポトーシスに相当すると考えられ、細胞組織と比較して結合組織はきわめて緩やかにターンオーバーが進行しています。

一例をあげますと、水晶体を支えるチン帯は老化でゆるくなります。これは、前房内にきわめて低濃度の蛋白分解酵素matrix metalloproteinases2)5)(線維芽細胞、マクロファージや好中球などの炎症性細胞が分泌する)が存在し効果が発現するためで、この蛋白分解酵素のインヒビターとしてはαマクログロブリンが存在し、これにより結合組織が容易に分解されることを防いでいます。それで、長期にわたり効果が緩やかに発現し老人のゆるいチン帯ができるのです。ところが、ぶどう膜炎などの炎症のため積極的に蛋白分解機転が働く状態が続くとチン帯はさらにゆるくなるのです。白内障手術で経験されるように、PE症候群ではチン帯が極端に緩く、ひどい場合には水晶体亜脱臼がおこります。これは、何らかの機序で蛋白分解酵素が優位に働き、チン帯を脆弱化させ、しかもその溶けたチン帯が水晶体上にたまってPE material を形成すると言われております2)

強膜軟化症を2度にわたり起こした第2症例は、もともと異常なコラーゲンにより脆弱であった強膜に網膜剥離の手術侵襲が加わったために、蛋白分解酵素の濃度の高くなった術後では普通では起こりえない強膜軟化症が蛋白分解機転を手術創におこしました。それで、術後の蛋白分解酵素優位の状態での脆弱な自己強膜の移植では奏功せず、保存強膜移植によりやっと治癒を見たものと思われます。

網膜剥離が硝子体の病気であり、コラーゲンは硝子体の重要な構成要素であります。第3症例のようなコラーゲンの先天異常であるWagner-Stickler症候群には必ず眼底検査をして、剥離の有無に拘わらず網膜硝子体の異常に対しては速やかに手術が必要と考えられました。

 結合組織とピアニスト

 かつて、大賀祐造先生宅(岸和田市大賀産婦人科)でホームシアターを見せて頂いたことがあります。サラウンドシステムによる音響効果と大画面の迫力で、ちょっとした「めまい」を起こしそうでした。オペラなどのDVDをホームシアターで鑑賞するには、ぴったりと思いました。

今回の症例の発表を思いついたのは、そのときに見せていただいた古き時代の大ピアニストの映像です。パデレフスキーやミケランジェリなどの演奏は初めてみました、またリヒテルやホロビッツなどの若い時代のはつらつたる演奏は新鮮でした。特に印象に残ったのは若きホロビッツの演奏です。

ピアノの楽譜には運指が示されます。親指が1番から小指5番と番号がついております。指は5本しかありませんが鍵盤は88鍵あり弾き方に工夫が要ります。決まりは無いのですがほとんどのピアニストは同じような弾き方をします。たとえば音階の下降でドシラソファミレドは54321321のように弾きます。ファミレドの1321の1から3に移るときは普通1(親指)の上を3(中指)がまたいで音階を下降させます。1(親指)の下を3(中指)にくぐらせるのは、普通は難しいのでしません。1の下に5(小指)をくぐらせるのはもっと難しいので見たことがありません。しかし、これを難なく連続技で音階を下降させるホロビッツをみて愕然としました。まさに、「演奏を見た」とはこのことです。その技術を盗んで真似をしようにも、ほとんど不可能に近いことです。ホロビッツと握手したことのある人の話によると、握手したときのホロビッツの手は、「何かグニャグニャの物を握った感じ」だったそうです。それで、彼の手は「なにか普通でない人の手」ではなかったかと思われるのです。

 手にまつわる話では、ラフマニノフの手があります身長が2メートルもある彼はロマン派最後の作曲家で、ピアニスト、指揮者の彼がその大きな手で弾く雄大な音楽を彼自身が弾くために作曲しました。そう、他のピアニストが弾くことはあまり気にしていなかったので、私のようなものが弾こうとすると非常な困難を感じます。難しいパッセージというものは練習によって克服できますが、手の大きさの違いは譜面どおりに弾くことは練習では解決できないことを意味します。どうせそんな難曲を素人が弾くわけではないので、気にする必要は無いと思われるかもしれませんが、ピアノが趣味の人間というのは、難しいか易しいかではなく、弾きたいか弾きたくないかで練習をするものなのです。趣味の世界は、演奏依頼者からこの曲を弾けと依頼されることもありませんから、最優先課題は自分が弾きたいかどうかなのです。

写真は左からセルゲイ・ラフマニノフ、ウォルト・ディズニー、ウラディミール・ホロビッツでこの写真からは、ラフマニノフの身長はさほど高くないように見えますが、これはほかの二人の身長が相当に高いことを意味します。その証拠に、上右の写真、ホロビッツは指揮者トスカニーニの娘ワンダと1933年に結婚しておりますが、そのトスカニーニとラフマニノフとのツーショットが次の写真で、いかに普通の人とラフマニノフとの身長差があるかご理解できることと思います。多分、後ろで写っているご婦人方よりも私のほうが身長は低いでしょうから、こんな人の作曲した曲をまともに弾こうとしたら大変なことはご理解いただけることと思います。

それで、長身、指が長い、グニャグニャの手といえば、結合組織の異常があるのではと思ってしまうのが医者の性といえましょう。実際、ラフマニノフはマルファン症候群ではないかといわれております。

マルファン症候群

関節弛緩やクモ指などの骨格異常と水晶体脱臼、大動脈瘤で特徴づけられる一連の症候群で、必ずしも長身でなければならないわけではありません。1型:特徴的な症状がはっきりと現れるタイプ。2型:目の症状が出にくいタイプ。 他に、子供には小児マルファン症候群と新生児型マルファン症候群があり、1 15番染色体長腕にあるフィブリリン1(fibrillin-1, FBN1)の先天性遺伝子異常。常染色体優性遺伝。2型は3番染色体にあるがん抑制遺伝子TGFBR2先天性遺伝子異常。常染色体優性遺伝。そのほかに原因不明のものがあります。

Ehlers-Danlos症候群

グニャグニャの手ということではまずこの病気を思い浮かべることができます。皮膚の過伸展と関節の過可動性によって特徴付けられる一連の遺伝性疾患で、コラーゲン遺伝子の異常によります。この疾患は現在1型から11型まで分類されますが、ほとんどは1型2型3型で、常染色体優性(一部劣性とX染色体劣性)です。「軽症の患者はほとんど病院を受診しないため、発生頻度も不明ですし、関節の可動性や皮膚の弾性の正常範囲を定義することも困難です」が、ホロビッツがこれであったかもしれません。

結合組織異常症の問題点

結合組織に関して、多数の分類法が提唱されているものの、いまだ解決に至っていません。たとえば、軟骨異形成症に至っては亜型まで含めると150以上の分類がなされ、この分類の限界は明らかです。多分その原因は、結合組織の合成過程にあると考えられます。

たとえばコラーゲンですが、(第1過程)線維芽細胞の粗面小胞体内で遺伝子によりαポリペプチド鎖が形成され、すぐに3本のα鎖が巻きあって三重らせん構造を作ります。(第2過程)三重らせん構造をしたプロコラーゲンからプロペプチドが切断されてコラーゲンができます。(第3過程)できたコラーゲン同士は自己集合により規則正しい結合組織を形成します。第1過程で遺伝子の異常で異常なαポリペプチド鎖ができると必ず3重構造形成が障害されるとか、第2過程でプロペプチドの切断障害が必ずコラーゲン合成阻害につながるとか、第3過程でコラーゲンの自己集合が必ず障害されるわけではなく、同じ遺伝子異常でも出来上がりはばらばらなのです。つまり、α鎖の合成は遺伝子依存でも、その後の合成はコラーゲンの自己集合に依存しているので、同一の遺伝子異常があっても一方は軽症、他方は重症と同一の突然変異が必ずしも単一の疾患表現型を表さない点が分類を困難にしているのです。

終わりに

 ピアノ演奏を趣味にしているものにとって、憧れのピアニストや作曲家がどんな演奏をしていたのかということは興味津々ではあります。すでに過去の人となった作曲家やピアニストがどんな手をして弾いていたのかは、時間経過とともに忘れ去られ、歪曲されたり誇張されたりすることも多々あります。しかし、この著名な音楽家の非凡な常軌を逸した演奏の記録や資料が、今回「結合組織」に関する知識を整理する過程で、単に誇張されたものであるとは言い切れないことを認識させられました。

 

文献

1)Braunwald E, et al: Harrison’s principle of internal medicine 15th edition. McGraw-Hill Companies. 2354-2366, 2002.

2)Ashworth JL, Kielty CM, McLeod D: Fibrillin and the eye. Br J Ophthalmol 84: 1312-1317, 2000.

3)Hogan MJ, et al: Histology of human eye. Saunders Co.183-201, 1971.

4)西岡 清 ほか:実践皮膚病変の見方。日本医師会雑誌 134・特別号2:2342005

5)橋本信也 ほか:最新臨床検査のABC。日本医師会雑誌 135・特別号2:3182006.